大判例

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大阪地方裁判所 平成3年(行ウ)24号 判決

原告

森本未樹子

右法定代理人親権者

森本英樹

森本晶子

右訴訟代理人弁護士

高階貞男

瀬戸則夫

岩佐嘉彦

青木佳史

石田文三

泉薫

門前武彦

神谷誠人

川西渥子

小山章松

四宮章夫

崔勝

内藤早苗

内藤秀文

南野雄二

平野恵稔

藤木邦顕

増田健郎

松井千恵子

水田通治

峯本耕治

迎純嗣

雪田樹理

横山精一

岩井泉

山本健司

妹尾純充

谷英樹

平野和宏

岡本栄市

工藤展久

戸越照吉

江野尻正明

宮島繁成

被告

高槻市

右代表者市長

江村利雄

被告

高槻市教育委員会

右代表者教育委員長

奥村均

被告両名訴訟代理人弁護士

俵正市

重宗次郎

苅野年彦

坂口行洋

寺内則雄

小川洋一

被告高槻市教育委員会指定代理人

鷲尾勝

外一四名

主文

一  原告の被告高槻市教育委員会に対する処分取消しの訴えを却下する。

二  被告高槻市は原告に対し、金五万円及びこれに対する平成三年四月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告高槻市教育委員会に生じた費用を原告の負担とし、その余はすべて被告高槻市の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告高槻市教育委員会が原告に対し、平成三年一月一六日付でなした平成三年度大阪府公立高等学校入学者選抜実施要項に基づく調査書を開示しないとの処分を取り消す。

二  被告高槻市は原告に対し、金五万円及びこれに対する平成三年四月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、大阪府高槻市立の中学校の三年に在学し、公立高等学校に進学を希望していた原告が、入学願書提出に先立ち、志望校決定の参考資料等にするため、高槻市個人情報保護条例(以下「本件条例」という。)に基づき、入学者選抜の資料として公立中学校から公立高等学校に送付される調査書(以下「調査書」という。)作成前の段階で、被告高槻市教育委員会(以下「被告市教委」という。)に対し、自己の調査書の開示を求めたところ、被告市教委教育長名で、原告に対し、右調査書は被告市教委が管理する文書の中には存在しない旨の通知がなされたため、これを違法な処分であるとして、その取消しを求めるとともに、被告市教委が右処分についての原告の異議申立てに対する決定を右高等学校の入学願書提出期日までになさなかったため、原告は、調査書を志望校選定の資料にするという期待が失われ、静穏な感情を害されるなど看過できない精神的苦痛を被ったとして、被告高槻市に対し、国家賠償法一条に基づき慰藉料五万円の支払いを求めているものである。

一  争いのない事実

1  平成三年一月当時、大阪府高槻市立芝谷中学校三年に在学し、公立高等学校に進学を希望していた原告は、本件条例一三条一項、一七条に基づき、同月七日、被告市教委に対し、自己の平成三年度大阪府公立高等学校入学者選抜実施要項に基づく調査書(以下「本件調査書」という。)の開示(写しの交付)を求めた。

2  同月一六日、被告市教委教育長名義で、原告に対し、本件調査書は被告市教委が管理する文書のなかには存在しない旨の通知がなされた(以下「本件不存在通知」という。)。

3(一)  原告は、同年二月二日、被告市教委に対し、右通知につき、本件条例に基づき異議申立てをし、これを受けた同市教委は、右条例二一条により、高槻市個人情報保護審査会(以下「審査会」という。)に諮問した。

(二)  審査会は、同月二八日、被告市教委に対し、本件調査書を開示すべきであるとの答申をした。

(三)  被告市教委は、同年六月七日、右異議申立てを棄却する旨の決定をした。

二  争点

1  本件不存在通知には処分性があるか。また、原告には、その取消しを求める法律上の利益があるか。

2  被告市教委のした本件不存在通知は適法か。すなわち、本件調査書には本件条例一三条二項二、三号に定められている非開示事由があるか。

3  原告からの異議申立てに対し、被告市教委は大阪府公立高等学校の入学願書受付期限である平成三年三月七日の前日までに決定をすべきであったか。また、同被告の右決定が同年六月七日までなされなかったことについて、被告高槻市は原告に対し、慰藉料支払義務があるか。

三  争点についての原告の主張

1  本案前の抗弁に対する主張

(一) 本件不存在通知の処分性について

(1) 本件不存在通知は、単なる通知ではなく、被告市教委が「将来調査書が作成されても原告に対しては調査書を開示しない」との意思を表示したものであり、行政処分に当たると言うべきである。

被告市教委は、本件調査書を開示するか否かの判断を調査書作成前に行うことが可能であった。調査書は、学校教育法施行規則に基づき、生徒が公立高等学校に進学を希望する場合に二月末までに作成されるべき公文書であり、大阪府における調査書の書式は、記載される事項、様式が、大阪府教育委員会によって具体的に定められているのであって、事前に開示するかしないかの判断をするのに何の支障もない。

しかも、本件調査書は、性質上、作成される前に開示請求をし、被告市教委による事前決定がなければ開示の目的を達することができないものである。原告が本件調査書の開示請求をした主たる目的は、志望高等学校選定の資料にするためであり、また、その評価・記載が適正になされているかをチェックするためであった。他方、選抜実施要項によれば、本件調査書は平成三年二月下旬に作成され、同年三月九日正午までに志望先高等学校に送付されることになっていた。ところが、本件条例一八条一項では、開示請求に対しては「一五日以内」にその可否を決定しなければならないとされているのであるが、これは、反面、「一五日」間は右判断をしなくてもよいことをも意味するのであり、二月下旬の作成を待ってから開示請求をしたのでは、開示の目的を達することができない事態を生じるのである。なお、被告は、原告の右本件調査書の開示請求の目的は、本件条例の関知しない個人的な理由にすぎないと主張するが、高等学校に送付される前に調査書開示を受ける必要があることは、選抜の資料として使用される調査書という文書が類型的に持つ特性なのである。

したがって、原告としては、文書が存在していない段階で事前に開示請求をするほかなく、被告市教委の事前の決定を得ることができなければ、本件調査書について、本件条例の定める自己情報コントロール権を確保することができず、原告は本件調査書の開示を請求する地位を奪われたことになる。

ちなみに、原告は、本件調査書の右性質に配慮した上で、開示請求書に「調査書ができてから公立高校受験までは期間が短いので調査書ができる以前に交付することを決定しておいてください。」と記載している。

(2) 本件条例は、現代社会において、自己情報コントロール権を確保することが極めて重要であるとの認識に立っており(同条例一条参照)、右条例の実施機関の一つである被告市教委でも、この方向での条例の運用が求められる。したがって、本件不存在通知を非開示処分と考え、原告に対し、不服申立ての機会を与えることを通じて原告の本件調査書に対する自己情報コントロール権を確保することは、本件条例の右趣旨に合致する。また、右条例一八条五項は、同条一項の期間内に開示等の可否を決定しないときは、自己情報の開示等をしないこととする処分があったものとみなすと規定しているが、これは、実施機関の沈黙を非開示処分とみなすことにより、請求者に速やかに不服審査手続を受ける権利を保障することが究極的には自己情報コントロール権の確保につながるとの考えによるものである。本件不存在通知は、右沈黙を確定する行為に当たるともいえるのである。

なお、被告市教委は、審査会へ諮問して以来、一貫して本件不存在通知が非開示処分であることを認めてきており、平成三年六月七日、同被告がした「異議申立て棄却」決定の中でも、右通知を非開示処分と認めた上で判断をしているのである。

また、個人情報保護運営審議会(本件条例二三条一項)は、高槻市長からの諮問に対し、平成四年一二月一八日、文書不存在通知は、本件条例一八条一項の「否の決定」に当たる処分と解すべきである旨答申し、高槻市は右答申に沿って個人情報保護制度の手引を改定して、現在は、文書不存在通知を、同項の「否の決定」として取扱う運用が確立している。そして、これは、従前の取扱いを変更したものではなく、従来不明確であったものを明確にしたものである。

(3) 被告は、本件不存在通知が、形式上、被告市教委教育長名義でなされていることから、被告市教委の処分は存在しないと主張しているのであるが、被告市教委は、右通知以後、一貫してこれを被告市教委の処分として取り扱い続けた後、本件訴訟で突如として右の主張をなしてきたものであるし、そもそも、本件通知が教育長名でなされる根拠となった「高槻市教育委員会の権限に属する事務の一部を委任する規則」(以下「委任規則」という。)は、本件条例前に作成された内部規則であり、このような規則によって、被告市教委の有する本件条例上の処分権限を教育長に委任できるかは疑問であり、この点を措くとしても、被告市教委が権限委任した事項を委任者自らが権限を行使することは何ら妨げないのであるから、本件不存在通知を被告市教委の処分と考えても、何ら問題はない。

(二) 訴えの利益について

(1) 本件調査書の原本が既に高等学校に送付され、被告市教委の下には存在していないことは事実であるが、本件処分が取り消された場合には、権利回復は可能であり、訴えの利益がないとすることはできない。すなわち、審査会は、平成三年二月二八日に本件調査書を開示すべきであるとの答申をしたが、その後、被告市教委が長期間にわたり結論を出さずにいたため、その間に本件調査書の原本は高等学校に送付されてしまったのである。その後、原告が高槻市人権擁護推進室に開示すべきことになった場合の措置について問い合わせたのに対し、同推進室は「被告市教委に文書を保存するよう厳重に申し入れておきました」との回答をしており、被告市教委も、本件調査書については「写し」を作成して保管していることを認めている。このように、被告市教委らは「写し」により本件調査書を開示することができるとの立場に立っていたのであり、今更原本が存在しないことを理由として、権利回復の可能性がないと主張するのは、右の今までの態度を反古にする不当なものである。

(2) 本件条例は、公文書に記載されている個人情報の開示請求の方法として、「閲覧」及び「写しの交付」の二つを定めているが(一三条一項、一九条二項)、原告は後者の方法を選択して開示請求をした。また、前記のとおり、右条例の目的は個人情報コントロール権を実現することにあり(一条参照)、そのため、右条例は、開示請求のほか、「訂正」(一四条)、「削除」(一五条)、「目的外使用等の中止」(一六条)の各請求権を認めており、しかも、これらの対象を「自己情報」、「自己情報の記録」としているのであるが、これによると、右条例が開示の対象としているのは「公文書」そのものではなく、そこに記録されている「個人情報」であることが明らかである。なお、本件条例一九条三項では、「相当な理由があるとき」には当該公文書を複写したものを「閲覧」「写しの交付」をすることができるとしているが、本件調査書の場合は、正に右「相当な理由があるとき」に当たる。

したがって、権利回復の可能性を論ずる場合には、記載されている個人情報の内容を誤りなく請求人に伝えることができるかどうかを問題にすべきであり、本件調査書では「写し」が保管されているのであるから、この点について全く問題にすべきことはないし、そもそも、本件調査書における権利回復は、調査書に記載してある情報の開示を受けること自体であることは、自己情報コントロール権の確保の観点から明らかである。

2  本件調査書の開示請求について

(一) 本件不存在通知の違憲性

(1) 憲法一三条違反

判例はプライバシーについて権利性を認めているが(最高裁昭和五六年四月一四日判決等参照)、この権利の本質は「他人が自己についてどの情報を持ち、どの情報を持ち得ないかをコントロールすることができる」点にあり、これが憲法の基本理念である「人間の尊厳」「個人の尊厳」に密接にかかわるものであることを考えると、右自己情報コントロール権は憲法上の権利であるというべきである。被告は、開示請求権は憲法にかかわる問題ではなく、条例の趣旨・文言のみにより、その有無を判断すれば足りるというが、このような考え方は最近の判例の主流ではない。この権利は、行政が肥大化し、様々な個人の情報を保有するようになった現代社会では極めて重要な意味を持っている。本来、収集されるべきでない情報が収集されていないか、不当な使われ方をしていないか、誤った情報が集められて利用されていないかを確かめ、もしそのような事実があれば正す必要がある。本件調査書に記載されている原告の学習の記録や人物の評価などは原告の自己の情報であり、憲法上プライバシー権の保護を受けるものであるが、入学者選抜に絡むものだけに、これをコントロールする意義は大きく、したがって、これを制限するには、相当厳格な理由、必要性が求められる。これは、情報開示請求権が憲法から直接導かれる具体的な権利でないとの考え方を採る立場でも同じはずである。なお、自己情報コントロール権については、その概念や範囲が周辺部分で不明確さがあるとしても中核部分で明確であれば権利として位置付けられるべきものである。

本件不存在通知は、後記のとおり合理的な理由がなく、憲法一三条に違反する。

(2) 憲法二六条違反

教育過程における教育情報は、生徒と教師との間の継続的な信頼に基づいて取得・収集され、保存されるものであるが、この情報は原則として第三者には開示すべきではなく、当事者である生徒本人や保護者に開示すべきものである。これにより生徒は自らを知り、また教師と意見交換をすることにより、教育過程に主体的に参加することができ、教育を受ける権利の主体としての内実を持つことになるのである。このように教育を受ける権利に内在している教育情報の開示請求権は、学習権の内容として、また教育上のプライバシーの権利として憲法二六条の保障を受ける。そして、例外的に第三者に教育情報を提供しなければならない場合には、まずこれを本人に開示することが必須の前提となるべきである。したがって、志望校へ提供される本件調査書を本人に開示しないのは憲法二六条違反となる。

(3) 国際人権規約等違反

開示請求に応じないことは、国際人権規約(B規約)一七条や子どもの権利に関する条約二八条に違反する。

(二) 本件調査書開示の必要性

(1) 本件調査書は個人にかかわる情報を記載したものであるから本人へ開示すべきである。個人にかかわる情報は、その情報主体が適切に管理すること、すなわち、自己に関してどのような情報が、どのような内容で存在しているかを知ることが個人の人格的利益を保護する上で必要である。調査書の内容は、個人の成績・性格・行動の記録・身体の状態等極めて個人的性格の強いものばかりであり、かつ、その人の個人的評価に直接かかわる内容のものであり、開示されるのは当然である。

(2) 調査書は生徒が進学すべき学校を選定する際の貴重な判断資料であるから開示されるべきである。調査書は高校入学者選抜の資料として大きな比重を持ち、それに記録された評定が生徒・保護者の受験校選定について決定的に重要な情報となっており、その内容を知ることは志望校選定のために不可欠である。自分の進学先を決めることは、個人の自己決定権に属することであり、親の教育の自由、子供の学習権に属する事柄でもあり、このためにも調査書の開示が必要である。

(3) 調査書は個人に対する教育評価を記載したものであるから開示されるべきである。調査書の記載の中でも、入学者選抜資料として最も重要なものは学習記録と総合所見の記載であるが、これらは教師による評価であり、調査書の本質はこのように教師の教育評価を記載した点にある。これは、子供自身にとってはもちろんであるが、子供の教育に責任を負い、その権利を持つ親にとっても、また教師にとっても、子供の学習過程を振り返り、向上前進した点、誤り、つまづいた点などを検討して、子供の今後を考える材料となるものである。入試についても、調査書はいわゆる今後の学習権の実現に大きな影響を及ぼすものであり、また、これに記載された評定を基にして入試対策を検討するのもこの一場面であるといえる。

(4) 生徒・親と教師との信頼関係を確保するためにも調査書を開示することが必要である。既に幾多の先例が示しているように、調査書に恣意的、不利益な記載や誤記がなされたり、中には、調査書に不利益な記載をすることを一種の脅しにして、生徒管理の手段に使われている実態があるなど、調査書は開示されないことにより猜疑心と不信を生み、教育関係を歪んだものにし、生徒・親と教師との信頼関係を破壊する役目をしている。このような危険を防ぐためには、調査書を開示して、その記載内容が納得できるものであればそれを知ることにより、また納得できないものであれば、それについて議論を重ねることにより、教師への信頼を培うことができるのである。

(三) 本件不存在通知の本件条例一三条二項二、三号の非該当性

本件条例一条や一三条に規定してある条例の趣旨からすれば、自己情報は開示されるのが原則であり、非開示とされるのはあくまで例外であって、非開示事由の解釈、適用は厳格に行われるべきである。

(1) 本件条例一三条二項二号の非該当性

ア 教師は生徒に対し、生徒の学習権を保障するために教育評価をすべき責務があるが、被告が主張するような「教育評価権」なる権利は認められていない。また、被告が主張するように、評価の公正はその秘密性により担保されるとの考えは、右「教育評価権」を絶対視する極めて独善的な考え方である。教師も人間である以上、評価の前提事実や評価の過程に誤解や偏見、恣意が入り込む余地のあることを否定することはできない。そして、この危険は人格評価において特に大きいといえる。したがって、評価を公正に保つには、その内容を生徒や保護者に開示し、批判や訂正要求にさらすことが必要である。特に、不利益記載に関しては、これを記載することが人権侵害になりかねないこともあり、その他種々の弊害を伴うので記載をすべきではないが(進学後の指導上必要な伝達事項は指導要録抄本の送付によるべきである)、仮にこの記載を認めるとするならば、その前提として、教師の教育活動が正しく行われていること、事前のチェックシステムの確立していることが必要である。これが調査書の公正さを保持する手続的保障である。なお、被告は、秘密性保持の根拠として、「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」や大阪府公文書条例を持ち出すが、その理由とするところは、感情論的議論や誤った憶測、さらには単なる指針にすぎない行政解釈をより所とするものであって、全く無意味である。

イ 教育評価は一定の規準に基づいてなされるべきものであるから、評価すべき対象の性質上、自分の主観的判断によるほかない事項についても、教師は右判断の基準を公開して説明すればよいのであって、基準が合理的、かつ適切なものであれば、それを開示することにより、生徒や保護者との信頼関係が破壊されることはなく、むしろ生徒や保護者からの信頼感が増す結果となる。いうまでもないが、原告は他人の調査書まで開示することを求めているのではない。

(2) 本件条例一三条二項三号の非該当性

ア 調査書の作成は、各中学校で調査書及び成績一覧表作成委員会を設け、多数の教職員が関与することにより、その作成が公正になされるよう対策がとられており、また、被告市においては、志望校決定のための三者懇談会や被告も主唱するように平成四年度の進学希望者から進路指導として個人記録カードを提示すること等により、不完全ながらも事実上調査書の内容が開示されてきているのであり、今更、調査書を開示することにより特に事態が変化するとは考えられない。むしろ、前記のとおり、調査書を開示することにより、その弊害面の是正を図るべきである。また、被告は調査書を開示することにより入試の公正を害すると主張するが、右のとおり、現在でも事実上調査書の内容は生徒に伝えられていて、これについて統一的な取扱いがなされているとはいえないし、被告の主張は単なる危惧にすぎないばかりか、学校間の格差や評価方法の違いなど調査書開示以前に入試の公正さを害するものは存在しており、これらを措いて調査書の開示だけを問題とするのは手前勝手な言い分である。

イ 調査書の開示を認めても、生徒全員がこれを請求するとは考えられないし、三者懇談会等で既に事実上開示されていることから見ても、調査書を開示してもそれほどの混乱が生じることはない。本来、学校は生徒の自己情報である調査書の開示請求に支障なく応じることができるよう態勢を整えておくべきであり、準備不足を非開示の理由とすることはできない。

四  争点についての被告らの主張

1  本案前の抗弁

(一) 「本件不存在通知」の処分性について

(1) 本件不存在通知は、本件調査書がいまだ存在していないという事実を単に通知したものにすぎず、行政処分には当たらない。すなわち、右通知当時には本件調査書は作成されていなかったのであるから、これを非開示とするとの決定を通知したものではないし、もちろん、右調査書を開示するか否かの判断を示したものでもない。

また、本件不存在通知は、委任規則一条により被告市教委から教育長に委任された権限に基づき、被告市教委教育長名をもってなされた通知行為であり、被告市教委の処分は存在しない。

さらに、本件条例一三条により開示請求権が認められている対象は、高槻市情報公開条例二条一号に規定する公文書に記録されている個人情報であるが、右二条一号の規定で明らかなとおり、現に存在してもおらず、実施機関が管理してもいない文書、すなわち本件調査書についていえば、将来、被告市教委が保管・保存して管理することが予想される公文書に記録されるであろう自己情報について、あらかじめ開示請求をすることはできない。問題は、調査書に記載される事項や様式が定められていることではなく、そこに記載される具体的な情報であり、これは記録されるまでは不明であり、内容不明の情報を開示すべきことを条例が求めているはずがない。

(2) 原告が志望高校選択のために本件調査書の開示を求めたとしても、本件条例一三条を見れば明らかなとおり、右条例は開示請求の目的ないし利用目的に何ら触れていないから、原告の右目的は原告の個人的事情にすぎず、被告市教委らがこれに拘束されることはない。また、本件調査書は、入学者選抜の資料として作成され、生徒が志望する高等学校の校長に送付されるものであり、受験者の志望校選定の資料として作成されるものではないのである。

なお、原告は、本件条例一八条一項を引用して事前請求の根拠とするが、右規定は、本件調査書のように一五日間に満たない短期間しか実施機関の手元に存在しない文書についての扱いを予想していないといえる。

(3) 原告は、自己情報コントロール権の確保の要請について主張するが、これと「本件不存在通知」を「非公開処分」とみなさなければならないこととの間には必然性はない。本件条例一八条五項も、開示の可否を決定する対象となる文書を実施機関が保管している場合についての規定である。

被告市教委が審査会に対して、「本件不存在通知」を行政処分である「非公開処分」に当たると無条件に認めたことはなく、「仮に処分に当たるとしても」として、その処分が正当なものであると主張したにすぎないし、また、異議申立てに対する決定においても、右審査会が出した答申の見解を尊重し、あえて「本件不存在通知」の処分性に触れなかったのみである。

(二) 訴えの利益について

(1) 原告には「本件不存在通知」の取消を求めるにつき法律上の利益がない。その理由は、①本件調査書は、平成三年度の公立高等学校入学者選抜(合否決定)のための資料として作成される文書であること、②本件調査書は、右①の目的のため受験生の出身中学校長から志望先の公立高等学校長に送付される文書であること、③右①の入学者選抜は既に終了していること、④原告は、志望先高等学校に合格し進学していること、⑤右②の目的に沿って本件調査書は、高等学校長に送付されており、実施機関が現に保存・保管していないことの各事情があり、したがって、現段階で本件調査書を開示する必要はなく、かつ原告には本件調査書の開示を求める法律上の利益がないのである。

前記のとおり、本件調査書は入学者選抜の資料として作成されるものであり、生徒の志望高等学校選定の資料とするために作成されるものではない。原告の開示目的が志望高等学校選定のためであるとすれば、入学願書を提出した時点で、その意義は失われるし、本件調査書が志望先高等学校長に送付され、原告が志望高等学校に合格している時点では、更にその必要性や利益がないことは明らかである。原告は、右開示目的の一つとして、その評価・記載が適正にされているかをチェックすることにあるとも主張するが(これが本件条例一四条の「訂正」によるものか、それとは別の自己情報コントロール権を意味するものかは明らかではないが)、志望先高等学校長への提出期限が経過し、又は調査書が提出されたことにより、これをチェックする余地もなくなっていることは明らかである。

(2) 被告市教委は、審査会からの答申を受けて以降、教育委員会学習会の開催、校長会、PTA協議会からの意見聴取等精力的に検討協議を繰り返してきたのであり、漫然と原告の異議申立てを放置していたのではないし、被告市教委が本件調査書の「写し」を保管しているのは、本件調査書の開示を巡って係争中であり、今後その可否を判断するに当たって、記載内容の確認が必要となるかもしれず、そのときの参考とするためにコピーをしておいたのであり、原告に開示する場合に備えて「写し」を作成したのではない。

また、「写し」が開示請求の対象となる場合、開示目的が原告の主張するように、訂正・削除等の手続を経て、請求者の自己情報コントロール権を実現するためであるとすると、「写し」を開示することにより、本件調査書の記載内容を訂正・削除し、その結果、請求者である原告の不利益を回復できなければ意味がないが、本件調査書は、既に被告市教委の手元にはなく、しかも、原告は志望の高等学校に合格しているのである。なお、本件条例一九条二項によれば「閲覧」にしろ「写しの交付」にしろ、公文書(本件調査書)そのものが現存していることが、文言上も不可欠の前提となっている。

2  本件調査書の開示請求について

(一) 原告が主張する自己情報コントロール権は実定法で認められたものでもなく、その概念や範囲については争いがあり、社会通念上その対象や内容が成熟しているとはいえないものである。公文書に記載されている個人情報についての開示請求権は、憲法等から直接導き出されるものではなく、地方公共団体が設けた公開条例により創設されたと解するのが既に定着した判例の流れであり、したがって、本件調査書開示の成否についても、本件条例の趣旨・文言により判断すれば足りる。

(二) 本件調査書を開示しない措置の適法性

(1) 調査書は、学校教育法施行規則五九条により学力検査と並んで高等学校入学者選抜における重要な資料として用いられることになっている。本件調査書は、大阪府教育委員会が定めた選抜実施要項に基づく様式により原告が在学していた中学校長の権限と責任で作成し、原告の志望した大阪府立高等学校の校長に提出されたものである。

調査書は、受験戦争の激化に伴い、入学者の選抜が一回限りの学力検査のみによることなく、中学校在学中に培われた生徒の多方面の資質を評価するとともに、学力検査偏重により受験準備教育の過熱化を招くことのないようにとの配慮から、昭和四一年七月一八日文部省初中局長通達により、これが重視されることになったが、現在、大阪府下では実質的に調査書が学力検査以上の比率を占めている。

なお、調査書は直接生徒の教育を担当する教員の評価に基づき作成されるものではあるが、その内容の公正と客観性を確保するため、被告市教委所管の各中学校では、選抜実施要項に基づき「調査書作成委員会」を設けている。また、選抜実施要項によれば、調査書は平成三年二月末現在をもって作成すると定められており、入学願書の受付は同年三月一日から同月七日までなされるが、同月四日正午までには全志願予定者数の七〇パーセント以上が出願を終了するようにとの大阪府公立中学校長会の申合わせがある。

このように調査書は高等学校の入学者選抜に用いられる個人の評価に関する情報であるという特殊な性格を持っているため、本件条例が開示請求権等の権利を保障しているとしても、選抜実施要項を十分に踏まえ、大阪府公立高等学校入学者選抜制度を十分に理解した上で、その可否の判断をすることが必要である。

(2) 本件条例一三条二項二号の該当性

ア 調査書は、本件条例一三条二項二号の「個人の評価……判定等に関する情報」であり、「本人に知らせないことが正当であると認められるもの」である。すなわち、高等学校入学者選抜の公正さを確保するためには、調査書の作成・取扱いにおいても、調査書が入学者選抜の資料の一つとされる目的に適合するよう教師の教育評価権に基づき、生徒の各教科の学習、特別活動及び生徒の性格、行動等に関し、その事実や評価が公正に記載されるよう保障する必要がある。そして、被告高槻市の中学校においては、調査書の「総合所見」欄には、クラブ活動、学級活動等の状況、性格、学習意欲などのプラス面を記載し、マイナス評価はできるだけ記載しないこととしているが、選抜実施要項にある「指導上必要な事項」として、本人に不利益な事実やマイナス評価を全く記載しないとすることはできない。このようなマイナス評価の記載についての開示は、教育指導上の配慮を加え、進路指導目的にふさわしい方法で行われるべきであり、そのまま本人に開示すれば、本人の意欲を阻害し、自尊心を傷つけ、自己の将来への絶望感、教師への不信感や遺恨等を招き、ひいては教師と生徒との信頼関係を損なうおそれがあり、本人には知らせないことが教育上も望ましいのである。

イ 生徒本人・保護者への調査書の開示を前提とすれば、調査書の公正の確保は極めて困難となり、公正さを担保するためには、その記載内容が制度上秘密であることが求められる(東京地裁昭和五〇年一〇月八日決定参照)。昭和六三年に制定された「行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律」にも同趣旨の規定がおかれており、また、大阪府公立高等学校では、本件条例一三条二項二号と同旨の大阪府公文書公開条例の規定を根拠として、学力検査の結果や調査書記載の成績は公表していない。

なお、平成三年一一月から、被告市教委においては「高槻市立中学校進路指導に関する指導要綱」に基づき、進路指導の一環として、二学期中間までと二月中旬までの学習成績(一〇段階相対評価)を希望する生徒に示すことにしているが、これは調査書に記載される「各教科の学習の記録」の内容と似ているとはいうものの、調査書を開示することとは異なる。進路ガイダンス情報は、教育現場における教師と生徒との信頼関係に基づいて生徒への教育効果を最大限配慮しながら活用されるべきものであり、これは本人の学習意欲を向上させ、受験に際してできる限り精神的不安感を取り除き、自信をもって臨ませるためになされるのであり、教育上好ましくない結果や混乱を教育現場に招かないようにするためになされるものである。

特に、相対評価において、基準設定の基礎となるのは、集団内における順位であり、個人の評価のみを知らせても納得が得られない場合が起こり得るのであり、本人以外の個人情報の公開を迫られることにもなりかねない。

(3) 本件条例一三条二項三号の該当性

入学者選抜に当たっては、全志望者への公正を保障する必要があり、とりわけ調査書の取扱いについては、全志望者につき同等、公正な取扱いを保障しなければならない。もし、調査書を開示するとすれば、制度的な公平さ、公正さを確保した上で、高等学校受験を志望する全員にその権利を保障する必要がある。すなわち、一地域のみにおいて、調査書の開示が可とされるならば、同一学区内で、調査書が開示されて自己の調査書に記載された内容を知って受験する者と開示されずに右記載内容を知らずに受験する者が混在することになり、同等、公正な取扱いがなされるとはいえないことになる。

また、調査書が開示されるとなると、本人に不利益な事実やマイナス評価、生徒や保護者から異議が出ることが予想されるような事実はますます記載されなくなり、調査書が形骸化して、その意義が失われるし、例えば、高槻市立中学校の生徒の調査書のみが開示を前提として作成されるとすれば、高槻市域の調査書は信頼できる公正な資料とは認められないものとして取り扱われるおそれもある。

次に、被告高槻市のみにおいて調査書の開示をするとすれば、開示をしない他の市町や大阪府との間で信頼関係が失われ、協調関係の維持が図り難くなるほか、そもそも調査書は平成三年三月一日から同月九日の午前中の短期間しか被告市教委が保管しないものであり、また、入学者選抜願書の受付期間が同月一日から同月七日までであることをも考えると、調査書の開示をするのは、右三月一日以降となり、これに訂正請求等がなされると事務が煩雑となり、これが多数の者からなされると影響は大きく、入試事務に混乱を来す可能性も極めて大きい。

第三  判断

一  調査書の意義・内容、本件開示請求の経緯等

甲第一ないし第四号証、第四五号証、第一四二号証、乙第二ないし第一三号証、第一五号証、第二八号証、第三〇号証、証人籔重彦、同西山喜雄、同林煥の各証言、原告本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  原告について

原告は、平成三年三月一四日まで、高槻市立芝谷中学校(以下「芝谷中学校」という。)に在学し、同日同中学校を卒業して、同年四月、大阪府立芥川高等学校(以下「芥川高校」という。)に入学した者である。

2  調査書の意義・内容

(一) 調査書は、学校教育法四九条、同法施行規則五四条の三、五九条一項に基づき、高等学校の入学選抜のための資料として、在学中の中学校の校長が作成し、その生徒が進学しようとする高等学校長に送付される文書である。

(二) 大阪府教育委員会は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条四号、三三条、大阪府立高等学校等の管理運営に関する規則一八条に基づき、毎年、「大阪府公立高等学校入学者選抜方針」を決定し、この方針に基づき「大阪府公立高等学校入学者選抜実施要項」(以下「選抜実施要項」という。)により選抜日程、選抜資料、選抜方法等を定めているが、原告の高等学校受験の際の選抜実施要項である平成三年度選抜実施要項は平成二年一二月一一日に公表された。

(三) 右選抜実施要項によれば、入学者選抜の資料は、学力検査及び調査書とされているが、学力検査は、国語・数学各七五点満点、社会・理科・英語各七〇点満点の計三六〇点満点とし、他方、調査書は、中学校の第三学年における全必修科目、同選択科目のうち英語及び後記「学習の総評」についての各評定を、後記評定配分比率に基づいてそれぞれ一〇段階で記載することになっているところ、この評定のうち、学力検査を実施しない音楽、美術、保健体育、技術・家庭の四教科(以下「実技科目」という。)については、調査書の評定点を各教科一〇点満点、計四〇点満点として、これを前記学力検査の三六〇点に加えて計四〇〇点満点とし、この成績により、各受験者を後記評定配分率に従って一〇段階に区分して評定し、次いで、この評定点と「学習の総評」の評定点を加えて、二〇段階に成績を分け、これを基本として、更に後記「総合所見」等、調査書の「学習の総評」以外の記載事項も資料として総合判定した上で合否の決定がされることになっている。なお、右「総合所見」等については、これを合否判定にどの程度参考にするかは、各高等学校長の裁量によるとされており、具体的な統一基準は存在していない。

(四) 大阪府教育委員会の定める調査書の様式には、氏名、生年月日等の身分事項欄のほかに、「各教科の学習の記録」欄、「身体の記録」欄、「総合所見」欄が設けられている。

なお、右調査書の様式は、昭和四九年までなされていたA、B、Cの三段階に分けてする人格評定が削除されるなど、選抜に真に必要な事項のみが記載されるように改善されてきている。

(1) 「各教科の学習の記録」欄の「必修教科(国語、社会、数学、理科、音楽、美術、保険体育、技術・家庭)」及び「選択科目(英語)」の各教科の評定については、平成三年度選抜実施要項により、一〇(三%)、九(四%)、八(九%)、七(一五%)、六(一九%)、五(一九%)、四(一五%)、三(九%)、二(四%)、一(三%)の割合により一〇段階の相対評価によって順位を付けることとされている。

右の一〇段階評価をするに当たっては、一般に、国語、社会、数学、理科、英語の主要五教科については学期末等の試験の成績が重視されるのに対し、音楽、美術、保険体育、技術・家庭の実技科目については、実技や作品の比重が高いとされているが、統一的な基準があるわけではなく、具体的な評価は各中学校長に任されている。そして、調査書の内容を客観的、公平、適正なものとするために、選抜実施要項により、中学校長は、調査書作成のための補助機関として、教職員(教頭及び三学年担当教員)により調査書及び成績一覧表作成委員会を設け、ここで検討した上で調査書を作成することとされている。

(2) 「各教科の学習の記録」欄のうち「学習の総評」欄は、右各教科の評定における評価を前提として、同じく一〇段階の相対評価で順位付けがされるのであるが、主要五教科の点数が同じ場合については、特に統一した取り扱いはなく、各中学校において、実技科目の合計点の高い者を上位者とするなどの基準で順位付けをしている。

(3) 「身体の記録」欄には、中学三年生時の視力、聴力、ツベルクリン反応及び結核性疾患の各検査結果が記録される。

(4) 「総合所見」欄には、「各教科の学習、特別活動及び性格行動等について、その特質を明らかにすると思われる事項及び指導上必要な事項を具体的かつ簡明に記入する」ことと選抜実施要項に定められているが、そのほかは、その記載内容に関する基準はなく、大阪府教育委員会でも、特に指導は行っていない。ただ、文部事務次官の各都道府県教育委員会等に対する平成五年二月二二日付通達(文初高第二三四号)では、調査書の在り方として「調査書については、高校入学者選抜の資料としての客観性・公平性を確保するように留意しつつ、生徒の個性を多面的にとらえたり、生徒の優れている点や長所を積極的に評価し、これを活用していくこと」としており、大阪府の各中学校においても、調査書には、生徒にとり不利益な点を指摘・強調するのではなく、長所を積極的に評価するのが一般である。

(五) 平成三年度選抜実施要項には、調査書は平成三年二月末現在をもって作成し、同年三月九日正午までに志願先高等学校長に提出することと定められていたが、現実には生徒が志望校を決定し、これを中学校側に申し出てから作成にかかるため、その作成は例年、二月二五日ごろ以降になることが多く、本件調査書の場合も、原告が平成三年二月二三日の三者懇談会で芥川高校を志望する旨を申し出たため、同年三月一日に作成された。

3  本件開示請求の経緯

(一) 原告は、かねてから、調査書を、生徒の志望校選択の資料とするために生徒自身に閲覧させるべきであり、また、その内容が適切・公平に作成されているかどうかを生徒に検討する機会を与えるべきであるとの考え方を持っており、個人的にも、中学校時代に学校の方針に反対して制服でなく私服で通学していたことや、かつて通知表に原告についての評価として協調性が必要と書かれたことがあったこと、他の生徒に体罰を加えた教師に対して原告が抗議を申入れたことがあり、これらが原告の調査書にどのように記載されているかに関心を持っていた。

原告は、中学三年生の二学期にされた進路希望調査で、芥川高校に進学したいとの希望を出していたが、進学指導のために平成三年二月二三日に行われた担任教師・父兄・生徒本人の三者が面接して進学相談・指導をする、いわゆる三者懇談会の席上でも同じ希望を述べるとともに、調査書の開示を求めたが、これは拒否された。

右三者懇談会では、前記のとおり、原告は中学時代私服で通したため、制服のある芥川高校はこの点で心配であり、担任教師も同じ通学区域にある制服のない大阪府立春日丘高等学校を勧める口ぶりであった。

芝谷中学校では、平成三年度の公立高校進学希望者は、同年三月三日に一斉に入学願書を提出したが、原告は本件調査書開示請求の件もあったため、これに同調せず、同月五日ころ、保護者と共に芝谷中学校長と話し合い、調査書についても可能な限りの情報を得た結果、原告の調査書については、学科の成績も相当に高い評定がされており、芥川高校なら大丈夫との感触を得たため、希望どおり芥川高校に出願することを最終的に決定し、同月六日に入学願書を提出した。

(二) 前記のとおり、原告は、平成三年一月七日、本件開示請求をし、同月一六日、被告市教委から本件不存在通知を受け、同年二月二日、異議申立てをし、被告市教委が条例二一条に従い、右異議申立てに対する決定について、審査会に諮問したところ、審査会は、同月二八日、調査書を開示しても教師の教育評価権が侵害されることはない、評価の基準が合理的かつ適切であれば、開示により生徒や保護者との信頼関係が損なわれるとは考えられない、開示を認めても、教育現場に大混乱が起きるとの具体的根拠はない、調査書作成委員会により多数の教職員が調査書の作成に関与し、公正に作成されるよう対策がとられているから、保護者等の圧力により支障が生じるとは考えられない等の理由により、本件調査書については、本件条例一三条二項二・三号の非開示事由はないとして、開示すべきであるとの答申をした。

なお、前記のとおり、調査書は、平成三年二月末現在をもって作成され、同年三月九日正午までに、志願先の高等学校の校長に提出されるものであり、極く短期間しか被告市教委の管理下にないため、原告は、調査書が作成される前に、「調査書ができてから公立高校受験までは期間が短いので調査書ができる以前に交付することを決定しておいてください。」と付記して、あらかじめ本件開示請求をしたものである。

右答申を受けた被告市教委は、昭和六一年一〇月三日に制定された本件条例の行政解釈としては、調査書は開示すべきでない文書に当たるとされてきた上、調査書の開示請求がなされたのは初めてのことでもあり、慎重に検討すべきであるとして、平成三年三月五日には、継続審議にすることを決し、改めて大阪府教育委員会や文部省に意見を求め、また、中学校長会等の意見も徴取した上で、原告が芥川高校に入学した後である同年六月七日に至って右異議申立てを棄却する旨の決定をした。右決定の理由の大筋は、調査書の公正、客観性を担保するためには、その記載内容が制度上秘密であることが求められるのであり、開示を前提とすれば、調査書は形骸化し、現行の高等学校入学者選抜制度を維持することは不可能となる、入学者の選抜に当たっては、全志望者を平等・公平に取り扱うべきであるが、一地域においてのみ調査書の開示を認めることはこれに反する、調査書が開示を前提として作成されるならば、その市域の調査書は信頼できる公正な資料として活用されなくなるおそれがある等とし、調査書は本件条例一三条二項二、三号の非開示事由に該当するというものであった。

(三) 高槻市では、平成三年三月二六日、市議会で高校入学者選抜資料となる調査書は開示されるべきであるとの決議がなされるなど、原告による本件調査書開示請求をきっかけとして、進学指導と調査書開示の是非についての議論が高まり、その中で、被告市教委としても、より細やかな進学指導をする必要があると考え、調査書と同じ基準による一〇段階の相対評価により表示した各教科の成績を、平成四年度以降の高校進学希望者のうち開示することを希望する者に知らせる方式が取られることになった(これはカード方式と呼ばれた。)。これは、公立学校の場合には、二月中旬に開かれる三者懇談会で示されるものであるため、少なくとも評価時点の関係で、基礎資料がそれまでのものに限られるものであり、したがって、右時点以降、調査書が作成される二月末時点までの間に基礎資料の内容に変更があれば、評価の修正もなされることがあること(しかし、その間の期間も短く、調査書の評価とカードの評価とはほとんど差異がないのが通常であった。)及び調査書のうち「学習の総評」欄、「総合所見」欄がないことが、右個人記録カードと調査書の異なる点であった。

右のとおり、カード方式による進学指導は平成四年度の進学希望者から行われるようになったのであるが、開示された生徒や保護者から、評価内容について多少の不平不満が出されたケースはあったものの、特に問題として取り上げなければならないほどの混乱が生じたことはない。ちなみに、平成六年の三学期の高槻市内の中学校全体のカード提示率は、二八一二件、83.1パーセントであり、開示希望者はカード方式が採用された平成三年度以降、毎年増加の傾向を見せている。

二  本案前の抗弁について

1  本件不存在通知の処分性

被告は、本件不存在通知は、本件調査書がいまだ存在していないという事実を単に通知したものにすぎず、行政処分には当たらないと主張するので、この点について検討する。

(一) 本件不存在通知がなされた平成三年一月一六日当時、本件調査書がいまだ存在していなかったことは当事者間に争いがないところ、乙第一号証、第一五号証によれば、本件条例一三条一項及び高槻市情報公開条例二条一号において、開示請求の対象とすることができるのは、「自己に係る個人情報」で「公文書(実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書、図画、写真、フイルム、スライド及び電子計算組織に係る磁気フアイルで、実施機関において管理しているもの)に記録されている」ものであると規定されていることが認められるのであるが、これは、本件条例に基づき、右個人情報を開示するためには、その対象が記録された公文書として存在していることが必要であるためであると解される。

ところで、公立高等学校入学者選抜の資料となる調査書も個人情報に当たるというべきであるところ、それが現実に作成される以前でも、それに近接した時点では、調査書に記載されるべき事項についての資料等はその作成権限者の手元にほぼ揃っているのが通常のことであろうが、しかし、その後においても調査書に記載されるべき評価等を変更・修正しなければならないような事情の発生することがないとはいえず、したがって、調査書に記載されない限り、右資料に基づく評価等も確定したものとならないし、また、右資料に基づき評価等が記入されて調査書が作成されない限り、開示請求者に対し調査書の「閲覧」「写しの交付」をすることもできず(本件条例一九条参照)、請求者において調査書の評価・記載が適正になされているかをチェックし、その「訂正」「削除」等の請求をすることもできないことになる(本件条例一四条ないし一六条参照)。

したがって、調査書についても、それを開示するためには、開示時点において、調査書が現実に作成され、公文書として存在していることが必要である。しかし、本件調査書のように近く作成・存在することが確実となっているものについて開示請求をする場合やその決定をする場合にまで、各時点で既にそれが公文書として存在していることの必要はないのであり、したがって、右のような公文書について、開示請求及びこれに対する決定をするに当たっては、その対象となる公文書が存在していることは要件ではないというべきである。

そうすると、本件調査書については、原告が開示請求をした平成三年一月七日当時はもちろんのこと、本件不存在通知がなされた同月一六日当時もいまだ右調査書は作成されていなかったのであるが、右いずれの時点においても、開示請求をすることはもちろん、開示・非開示の決定(この場合の開示決定は文書が作成された後に開示するとの内容となる。)もすることができたといわなければならない。

(二) 確かに、前記のとおり、被告市教委(教育長)が本件不存在通知をした平成三年一月一六日当時はいまだ本件調査書は存在しておらず、したがって、それに記載されるべき内容も不明であり、原告の開示請求に対して、その可否の判断をすることもできなかったのであり、また、本件不存在通知の内容も本件調査書が存在していないとのみ記載されている点からしても、被告らが主張するように、右通知は単に本件調査書はいまだ存在していないとの被告市教委(教育長)の認識したところを請求者である原告に通知したものにすぎず、その内容として本件調査書を開示することを拒否するとの意思まで含んでいないとも解されないではない。しかし、乙第七号証、第九、第一〇号証、第二八号証、前掲藪、林両証言によれば、本件不存在通知当時、被告市教委においては、文部省、大阪府教育委員会の方針に従い、調査書は開示請求の対象にはならないとの立場を採っており、これに基づき右通知を出したものであること、本件不存在通知に対する原告の異議申立手続においても、被告市教委は、審査会に対し、右通知をもって、原告の開示請求に対する拒否処分、すなわち「非開示処分」とすることに異議はないとの回答をしていること、さらに、右異議申立てに対する被告布教委の決定も、本件不存在通知が行政処分であり、また、右処分は被告市教委によりなされたものであることを前提とし、したがって、その主文も「却下」ではなく、「棄却」とされていることが認められるのであり、これらによれば、本件不存在通知は、被告市教委が原告の本件調査書開示請求に対し開示しないとの意思を表示したものと認めざるを得ない。なお、乙第四号証によれば、本件不存在通知は、被告市教委名義ではなく、「高槻市教育委員会教育長藪重彦」名によりなされていることが認められるのであるが、乙第七号証、第九、第一〇号証、第二一号証、藪証言によれば、右通知は、被告市教委の内部規則である「委任規則」により、被告市教委から右教育長に委任された権限に基づきなされたものであること、前記原告の異議申立手続においては、被告市教委は本件不存在通知の主体、すなわち右通知が被告市教委によりなされたものか、又は高槻市教育委員会教育長によりなされたものかについては全く問題としたことはなく、また、右異議申立てに対する被告市教委の決定も、本件不存在通知は被告市教委がしたものであるとの前提でなされていることが認められるのであり、これらの各事実のほか、本件条例は昭和六一年一〇月に制定されたものであるのに対し、右委任規則はそれ以前の昭和四四年四月に制定されたものであるところ、右委任規則においては、重要事項のみを被告市教委に留保し、その他の事項はすべて教育長に包括的に委任する形式が採られているのであるが(同規則一条参照)、前記一3(二)で認定したとおり、本件調査書開示請求は被告市教委にとっては、かつてなされたことのない出来事であり、しかも、右委任規則制定当時は、まさか本件調査書の開示請求のような問題が生じるとは予想もしていなかったことであることを考えると、原告の本件調査書の開示請求の可否の判断決定は、果して右教育長への委任事項に当たるのかさえ疑問があるし、仮に形式上右委任事項に含まれるとしても、それはせいぜい内部委任の範囲にとどまるものというべきであって、本件不存在通知は、右教育長名でなされてはいるものの、その効果は被告市教委に帰属するものであり、本件不存在通知は被告市教委の処分であると認めるほかはない。

したがって、本件不存在通知は、単なる事実の通知ではなく、原告の本件調査書の開示請求に対する拒否処分であり、個人の地位、利益、権利関係に影響を及ぼすものとして、行政処分に当たるというべきである。

2  訴えの利益

被告は、本件調査書は平成三年度の公立高等学校入学者選抜(合否決定)のための資料として作成され、受験生の出身中学校長から志望先の公立高等学校長に提出される文書であるところ、右入学者選抜は既に終了し、原告は、志望先高等学校に合格し進学しており、本件調査書も、既に高等学校長に送付されて、実施機関が現に保存・保管していないから、原告には本件不存在通知の取消しを求める法律上の利益がないと主張するので、この点について判断する。

(一)  まず、被告が、平成三年度の公立高等学校入学者選抜は既に終了し、原告は志望校に合格して進学しているのであるから、訴えの利益がないとする点については、乙第一号証、第一五号証によれば、高槻市情報公開条例一条は「市の保有する情報の公開を請求する権利を保障することにより、市民の市政への参加を促進し、市政の公正で効率的な執行を確保するとともに、市民と市の信頼関係を強化し、……もって地方自治の本旨に即した市政の発展と市民の知る権利の保障に資することを目的とする。」と、本件条例一条は「この条例は、個人情報の保護に関する市、事業者及び市民の責務を明らかにするとともに、個人情報の適正な取扱いに関し必要な事項を定め、かつ、自己の個人情報に対する開示請求等の権利を保障することにより、公正な市政と個人の尊厳を確保し、もって市民の基本的人権の擁護に資することを目的とする。」とそれぞれ規定しており、また、本件条例一三条では、同条二項に定める一定の非開示事由が存しない限り、何人も、原則として、公文書に記録されている自己に係る個人情報の開示を請求することできる旨が定められていることが認められるのであり、これからすれば、本件条例は、開示目的や、開示により受ける具体的利益にかかわりなく、何人にも、公文書に記録されている自己に係る個人情報の開示を求め得ること自体に法律上の利益を認めているものと解すべきであり、原告が、本件不存在通知の存在によって、本件調査書の開示を受けることが妨げられている以上、右処分の取消しを求める法律上の利益はあるというべきであって、平成三年度の公立高等学校入学者選抜が既に終了していることや、原告が既に志望先高等学校に合格し進学していることにより、右法律上の利益が失われるものとすることはできない。ちなみに、原告は、本件調査書の開示請求をしたのは、①志望校選定の資料とするためであり、②記載内容が適正にされているかどうかをチェックするためであったと主張しているが、これは開示請求の動機・目的にすぎず、訴えの利益の有無についての判断を左右するものではない。

(二)  次に、本件調査書は、被告市教委が現に保存・保管するものではないから、訴えの利益がないとする点についてであるが、前記のとおり、本件条例一三条一項による開示の対象となるのは、開示の段階において、現に実施機関において管理する文書等に限られるのであり、本件調査書が既に被告市教委の下には存在していない現在、本件処分が取り消されても、最早、原告は同項により本件調査書の開示を受けることはできなくなっているのであるから、原告には本件不存在通知の取消しを求める利益は失われているものといわざるを得ない。

原告は、本件条例が開示の対象としているのは「公文書」そのものではなく、そこに記録されている「個人情報」であると主張するが、前記のとおり、本件条例一三条一項は、開示を請求することができる対象を高槻市情報公開条例二条一号の「公文書」であると明記しており、また、右高槻市情報公開条例二条一号では、「公文書」とは、実施機関の職員が職務上作成又は取得した文書等で、「実施機関において管理するもの」と規定しているのであって、原告主張のように、本件条例による開示の対象は、「公文書」そのものではなく、そこに記録されている「個人情報」であると解する余地はないというほかはない。

なお、証人藪重彦の証言によれば、本件調査書の写しが被告市教委の事務局の職員の手元に残されていることが認められるのであるが、右はコピーにすぎず、これを右本件条例一三条一項及び高槻市情報公開条例二条一号に定められた公文書に当たると認めることはできない。

原告は、本件条例一九条三項では、「相当な理由があるとき」には当該公文書を複写したものを「閲覧」「写しの交付」をすることができるとしており、本件調査書の場合は、正に右「相当な理由があるとき」に当たるとも主張するが、右規定も当該文書(原本)が実施機関において管理されていることを前提として、その汚損や破損のおそれがある場合の複写の閲覧や写しの交付を定めているものと解されるのであって、右規定の存在を根拠に、公文書の写しの開示請求が認められているものとすることはできない。

また、原告は、前記のとおり、審査会が本件調査書を開示すべきであるとの答申をした後、被告市教委が長期間にわたり結論を出さずにいたため、その間に本件調査書の原本は高等学校に送付されてしまい、その後、高槻市人権擁護推進室の申し入れにより、本件調査書の写しを作成して保管しているのであるから、今更原本が存在しないことを理由として、権利回復の可能性がないと主張するのは不当であるとも主張するが、そのような事情があったとしても、前記のとおり、被告市教委の事務局職員がその判断でコピーして手元に残しておいた本件調査書の写しを、右本件条例一三条一項及び高槻市情報公開条例二条一号の公文書と認めることができない以上、原告の権利回復の可能性はないものというほかなく、原告には本件不存在通知の取消しを求める利益は失われているとの前記判断が左右されるものではない。

三  本件調査書と条例一三条二項二、三号の非開示事由の有無について

1  情報開示請求権と憲法・国際人権規約等

原告は、憲法一三条及び本件条例一三条により認められる自己に関する情報をコントロールする権利に基づき、個人にかかわる情報を記載した調査書は、当然に本人に開示されるべきであると主張し、また、調査書は生徒が進学すべき学校を選定する際の貴重な判断資料であるから、憲法二六条により保障される親の教育の自由、子供の学習権に基づき、開示されるべきであるとも主張し、さらに、調査書の開示請求に応じないことは、国際人権規約(B規約)一七条や子どもの権利に関する条約二八条に反すると主張するが、本件条例で定められている情報開示請求権は、憲法や右各条約から直接導き出されるものではなく、本件条例により創設的に認められた権利であるというべきである。

したがって、どのようなものを開示請求の対象とするかは、条例の制定権者が諸種の事情を検討、総合判断し、その裁量において決定すべき事柄であり、原告に本件調査書の開示請求権があるか否かは、右制定権者が定めた本件条例の趣旨・文言に即して決せられるべき問題であって、調査書についても、自己情報のコントロール権、あるいは、教育の自由・学習権に基づき、当然に本人に開示されるべきであるとすることはできない。

もちろん、前記のとおり、本件条例及び高槻市情報公開条例は、市民の「知る権利」を保障することに大きな意義を認め、自己情報は原則として開示を請求することできるとする立場を採っているのであるから、非開示事由を規定した本件条例一三条二項の解釈・運用に当たっても、この考え方を尊重すべきであって、いたずらに非開示とすべきものの範囲を広げる扱いをするようなことがあってはならないことはいうまでもない。

2  本件条例一三条二号の非開示事由該当性

(一) 乙第一号証によれば、本件条例一三条二項二号は、「個人の評価、診断、判定等に関する情報であって、本人に知らせないことが正当であると認められるもの」を非開示事由として定めていることが認められる。

調査書が、「個人の評価、判定等に関する情報」であることは疑いないから、ここでは、調査書が「本人に知らせないことが正当であると認められるもの」に該当するかが問題となる。

(二) 前記のとおり、調査書は、大阪府下の公立高等学校の入学者選抜のための資料として、在学中学校の校長が作成し、進学先の高等学校長に送付される文書であり、そこには、氏名、生年月日等の身分事項のほか、「各教科の学習の記録(国語、社会、数学、理科、音楽、美術、保健体育、技術・家庭及び英語の各教科の評定)」、「学習の総評」、「身体の記録」、「総合所見」を記載すべきことになっている。

(1) 「各教科の学習の記録」について

「各教科の学習の記録」の評定は、前記のとおり、大阪府教育委員会の定めた選抜実施要項に従い、その評定配分率により一〇段階にランク付けがなされるものであるが、その具体的な割り振りの方法は、各中学校に任されていて、統一的な基準があるわけではないものの、右評価を客観的、公平、適正なものとするために、調査書及び成績一覧表作成委員会を設け、ここで検討した上で調査書を作成することとされている。

被告らは、生徒本人・保護者への調査書の開示を前提とすれば、調査書の入学者選抜資料としての公正の確保は極めて困難となり、公正さを担保するためには、その記載内容が制度上秘密であることが求められているというべきであるし、これを本人に開示することによって、本人の意欲を阻害し、自尊心を傷つけ、自己の将来への絶望感、教師への不信感や遺恨等を招き、ひいては教師と生徒との信頼関係を損なうおそれがあると主張する。

しかし、右「各教科の学習の記録」欄の評定は、各教科の担当教師の日ごろの学習評価を基にして、調査書及び成績一覧表作成委員会で検討の上、所定の評定配分率に従ってなされるものであり、少なくとも調査書作成の段階で各教師による恣意的評価が入り込む余地はなく、右委員会の手を経ることにより、客観的な公正さが担保されているというべきのものであり、これを生徒本人・保護者に開示することによって、入学選抜資料としての公正さが失われるというおそれはないと考えられるし、また、これを本人に開示することによって、本人の意欲を阻害し、自尊心を傷つけ、自己の将来への絶望感を生じさせる場合がないとはいえないにしても、これは、少なくとも開示を望む者に対してこれを拒否する理由とはならないというべきである。ちなみに、各教科の成績は、学期末に配付される通知表や進学期に行われる進学指導等の際に事実上生徒本人や保護者に知らされてきたものであるし、特に、高槻市では、平成四年度以降、調査書の評価とほとんど内容的差異がないカード方式による進学指導を行っているのであるが、これによって、調査書の入学選抜資料としての公正さが失われたとか、教師と生徒との信頼関係が損なわれた等特に取り上げて問題としなければならないような批判、混乱が生じた形跡は全く認められない。

(2) 「学習の評価」について

次に、「学習の評価」は、前記のとおり、右「各教科の学習の記録」の評定を前提として、同じく一〇段階の相対評価で順位付けがされるのであり、原則的には、前記「各教科の学習の記録」欄の評定(成績)から機械的に順位評定がなされ得るもののはずである。ただ、これについても高槻市全体の統一的な基準はなく、例えば各教科の成績が同順位の場合の順位評定の決め方など各中学校で多少の取扱基準が異なる場合もあり得るし、また、前記カード方式による進学指導でもこの欄の評定は開示されていないなど、「各教科の学習の記録」欄の評定とはやや異なる面があるものの、この欄の評定も、もちろん前記調査書及び成績一覧表作成委員会で検討された上でなされるものであり、また、各中学校においては、それぞれに一応の評定基準を設けているはずであるし(前掲西山証言によれば、高槻市立第四中学校では、主要五教科の評定合計点が同点の場合には、音楽、美術などの実技科目の評定合計点の高い者から順位を決めることになっていることが認められるのであるが、このように一中学校の場合にすぎないとはいえ、本法廷において、既に右基準が公開されているのであって、「学習の総評」欄を開示することにより、右基準の公開を伴うことになることがあるとしても、これをもって開示を拒否する理由とすることはできないというべきである。もし、明らかにされた右基準が極めて不合理なものであるとするならば、それこそ開示請求をした意味があるということになろう。)、さらに、各教科の成績は従来から進学指導等の際に事実上知らされてきているのであるが(カード方式実施以降は一層これが調査書の成績開示に近くなっている。)、それにもかかわらず、いわばこれの集成である総体の成績、すなわち全体の中での本人の位置・順位を知らせないというのは意味のないことであるばかりでなく、進学指導の面から見ても不十分というべきであり、これらのほか、前記本件条例の精神等をも考え併せると、「各教科の学習の記録」と同様、「学習の総評」も生徒本人・保護者に開示することによって、被告が主張するように、入学者選抜資料としての公正さが失われたり、教師と生徒との信頼関係が損なわれるおそれはないというべきである。

(3) 「身体の記録」について

前記のとおり、「身体の記録」欄には、中学三年生時の視力、聴力、ツベルクリン反応及び結核性疾患の各検査結果が記載されるのであって、「身体の記録」の生徒本人・保護者への開示によって、入学選抜資料としての公正さが失われるおそれや教師と生徒との信頼関係が損なわれるおそれがないことは論ずるまでもない。

(4) 「総合所見」について

前記のとおり、この「総合所見」欄には、「各教科の学習、特別活動及び性格行動等について、その特質を明らかにすると思われる事項及び指導上必要な事項を具体的かつ簡明に記入する」こととされているのであるが、その記載内容に関する基準はなく、いかなる記載をするかは、記入者に任されている状態にある。ただ、前記のとおり、平成五年二月二二日付文部事務次官通達(文初高第二三四号)では、「高校入学者選抜の資料としての客観性・公平性を確保するように留意しつつ、生徒の個性を多面的にとらえたり、生徒の優れている点や長所を積極的に評価し、これを活用していくこと」とし、大阪府下の各中学校においても、調査書には、生徒にとり不利益な点を指摘・強調することはせず、長所を積極的に評価するのが一般であるとされている。しかし、前記のとおり、調査書は、学校教育法施行規則五九条一項の規定により学力検査の成績等と共に入学者の選抜の資料とされ、その選抜に基づいて高等学校の入学が許可されるものであるから、生徒の学力はもちろんのこと、その性格、行動等、右選抜の参考となり得る事情は本人に有利なものであれ、不利なものであれ、客観的、公正に記載されるべきは当然のことであり、右文部次官通達も、その文言を見ても分かるとおり、「客観性、公平性を確保」しつつ、生徒の優れている点、長所をも積極的に取り上げることを勧めているのであって、生徒本人に有利な点のみを調査書に記載すべしとまで言っているわけではない。特に、本項目は人の評価にかかわることであるから、長所を積極的に評価するものとして記載されたものが、受け取る者によっては、不利益な記載と解釈されることもないわけではないし、また、この欄に記載すべき内容・範囲も、見方によっては、かなり抽象的、概括的で広範囲に及ぶものであるから、これを本人に開示することによって、教師への不信感や遺恨等を招き、教師と生徒との信頼関係を損なうような事態も起きないとはいえず、生徒本人・保護者への開示を前提とすれば、これらの弊害をおそれて、「各教科の学習、特別活動及び性格行動等について、その特質を明らかにすると思われる事項及び指導上必要な事項」の記入が抑制され、その結果、この欄の記載が形骸化し、入学者選抜資料としての客観性、公正さが減殺されるおそれが生じ得るといわざるを得ない。

(三) 以上によれば、本件調査書のうち、身分事項のほか、「各教科の学習の記録」、「学習の総評」及び「身体の記録」の各欄は、本件条例一三条二項二号に定める「本人に知らせないことが正当であると認められるもの」には該当しないが、「総合所見」はこれに該当するものというべきである。

3  本件条例一三条二項三号の非開示事由該当性

(一) 乙第一号証によれば、本件条例一三条二項三号は、「開示することにより、公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの」を非開示事由として定めていることが認められる。

(二) 被告らは、①一地域のみにおいて、調査書の開示がされると、同一学区内で、調査書が開示されて自己の調査書に記載された内容を知って受験する者と開示されずに右記載内容を知らずに受験する者が混在することになり、同等、公正な取扱いがなされるとはいえないことになる、②調査書が開示されるとなると、本人に不利益な事実やマイナス評価、生徒や保護者から異議が出ることが予想されるような事実は記載されなくなり、調査書が形骸化して、その意義が失われるし、③高槻市立中学校の生徒の調査書のみが開示を前提として作成されるとすれば、高槻市域の調査書は信頼できる公正な資料とは認められないものとして取り扱われるおそれもある、④被告高槻市のみにおいて調査書の開示をするとすれば、開示をしない他の市町や大阪府との間で信頼関係が失われ、協調関係の維持が図りがたくなる、⑤そもそも調査書は平成三年三月一日から同月九日の午前中の短期間しか被告市教委が保管しないものであり、また、入学者選抜願書の受付期間が同月一日から同月七日までであることをも考えると、調査書の開示をするのは、右三月一日以降となり、これに訂正請求等がなされると事務が繁雑となり、これが多数の者からなされると影響は大きく、入試事務に混乱を来す可能性も極めて大きいと主張する。

しかしながら、右①、③及び④の各主張については、被告高槻市においては本件条例が制定されているのであり、右条例において、調査書も開示の対象となるものと解されるべきであるとすれば、被告市教委がこれに従うべきは当然のことであり、高槻市以外ではこれが開示されていないから、高槻市においても開示すべきでないとするのは本末転倒の議論であって、右被告の主張は採用できない。

次に右②の主張は、前記のとおり、「総合所見」については、これを生徒本人・保護者への開示をすることになれば、「各教科の学習、特別活動及び性格行動等について、その特質を明らかにすると思われる事項及び指導上必要な事項」の記入が抑制され得ると考えられるから、この部分の記載が形骸化して、その意義が失われるおそれがあるものというべきであるが、その他の欄についてはこれを認めることができない。

⑤の主張については、前記のとおり、高槻市においては、平成四年度から、カード方式による進学指導が行われるようになっており、平成六年の三学期の高槻市内の中学校全体のカード提示率は、二八一二件、83.1パーセントにも上っているというのであり、また、本件条例に基づく訂正請求等によって、常に、中学校長から高等学校長にする調査書送付事務が制約を受けるとする点についても、前記三者懇談会における進学指導やカード方式による個人記録カードの開示状況とも照すと、具体的にそのおそれのあることを認めるに足りる事情はないというべきであるし、さらに、調査書も本件条例により開示すべきであると決められた以上、開示請求についてはもちろんのこと、その訂正請求にも対応することができるようにするため、被告市教委においては、あらかじめ準備し、その事務手続に支障混乱を生じないよう手段を講じるべき義務があるというほかない。

(三) 以上のとおりであり、本件条例一三条二項三号に定める「開示することにより、公正かつ適切な行政執行の妨げになるもの」という非開示事由についても、本件調査書のうち、身分事項のほか、「各教科の学習の記録」、「学習の総評」及び「身体の記録」の各欄はこれに該当しないが、「総合所見」は該当するものというべきである。

4  本件不存在通知の違法性

右2、3によれば、原告の本件調査書開示請求に対し、被告市教委は、右調査書のうち「総合所見」欄以外の各欄はすべて開示すべき義務があったというべきところ、乙第一号証によれば、本件条例一三条四項には、公文書に同条二項各号のいずれかに該当する自己情報(開示すべきでないもの)とこれに該当しない自己情報(開示すべきもの)が併せて記録されている場合、該当する情報と該当しない情報を、容易に、かつ開示の趣旨を損わない程度に分離できるときは、右二項各号に該当する情報が記録されている部分を除いて開示すべき旨が定められていることが認められる。そして、本件調査書においては、既に認定してきたとおり、非開示事由に該当する「総合所見」欄とそれ以外の欄は容易に、かつ開示の趣旨を損わずに分離できることは明らかであるから、被告市教委は、本件調査書のうち、「総合所見」欄以外の項目はすべて開示すべきであり、これをしなかった本件不存在通知は違法である。

四  慰藉料について

前記三2、3で判示したとおり、本件調査書は「総合所見」欄を除いて開示すべきものであったところ、被告市教委は、平成三年二月二八日に審査会から開示すべしとの答申が出されているにもかかわらず、原告の入学志願書の出願期限である平成三年三月七日を過ぎた同年六月七日になって、原告の開示請求を認めない旨の決定を出しているのである。これについて、被告らは、調査書の開示請求は前例もなく、また、職員の異動時期にも重なった等のため、より早期に判断を下すことができなかったと主張し、前掲藪証人もこれに沿う証言をしている。確かに、前記一3(二)で認定したとおり、被告市教委においては、このような開示請求をされたのは初めてのことであり、しかも、これは従来からの本件条例についての行政解釈からは予想もすることができなかった請求であったというのであるから、その取扱に慎重を期した被告市教委の態度には頷けるものがないではない。しかし、原告は、このような事態になることを見越して、本件調査書が作成される前の平成三年一月七日に開示請求をしているのであり、しかも、同請求書には、その旨の付記もなされているばかりでなく、調査書の性質からしても、原告が志望校選定の資料とするために右開示請求をしていることは明らかであるから、被告市教委の右態度は原告の右期待を裏切るものであったことは明白であるといわなければならない。また、本件条例は昭和六一年一〇月に制定されているのであり、しかも、調査書(ただし、一部分であるが)は右条例の非開示事由に当たらないとされる以上、被告市教委としては、事前に本件調査書についてなされたような調査書の開示請求が出されることを予期し、これを適確に処理すべき責任と義務があったというべきであり、従来、このような前例がなかったことは、請求に対する決定の遅れたことや開示すべきであったのにこれを拒否したことを許容する理由とはならない。

以上の事情を考え併せると、被告市教委が原告の出願期限までに本件調査書(ただし、一部分)を開示するとの決定をしなかったことは違法というべきであり、これにより、原告が被った精神的苦痛について、被告高槻市は慰藉料として五万円を支払うべき義務があるといわなければならない。

五  結論

前記二2記載のとおり、本件不存在通知の取消の訴えは、訴えの利益がなく、不適法というべきであるから、これを却下し、前記四記載のとおり、慰藉料請求については、原告の請求は理由があるから、これを認容する。

(裁判長裁判官福富昌昭 裁判官川添利賢 裁判官安達玄)

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